あの音と感触 昭和の黒電話と電話事情
あの音と感触 昭和の黒電話と電話事情
今では一人に一台、あるいはそれ以上の電話を持つのが当たり前になりましたが、昭和の時代、電話はそれほど身近なものではありませんでした。一家に一台、それが叶わない家も少なくなかったのです。今回は、あの頃の暮らしに欠かせなかった電話、特に「黒電話」にまつわる思い出をたどってみたいと思います。
重厚な黒い箱から聞こえる音
「もしもし」
黒い電話機の受話器から聞こえてくる、少し遠く感じる声。あの、ずっしりとした受話器の重み。本体も陶器のように艶があり、床の間に置かれている姿は、どこか威厳さえ感じさせるものでした。
電話をかけるときは、まず受話器を上げます。そして、ダイヤルを回すのです。人差し指を数字の穴に入れ、「ジーコ、ジーコ」と最後まで回しきると、バネの力で「カチカチカチ」と戻っていく。あの独特の音と指先の感触を覚えている方も多いのではないでしょうか。かける相手の電話番号が長ければ長いほど、この動作を繰り返さなければなりません。途中で間違えてしまうと、最初からやり直しです。
そして、電話がかかってきた時のあのベルの音! リン、リン、リン... と、けたたましく鳴り響く大きな音に、家中の者が「電話だ!」と駆け寄ったものです。固定電話しかなかった時代、電話は家にいる人にかかってくるものでしたから、誰からの電話なのか、急用なのかと、ドキドキしながら受話器を取ったものです。
電話帳をめくる時間
電話をかけるためには、相手の電話番号を知っている必要がありました。今のように「電話帳アプリ」などありませんから、分厚い電話帳を広げて調べます。地域ごとの電話帳は、ずっしりと重く、ページをめくるたびに紙の匂いがしました。探している人の名前を五十音順に見つけ出すのは、時に根気のいる作業でしたね。
電話帳には、住所とともに名前がずらりと並んでいました。ご近所さんの名前を見つけると、「あ、この家も電話を引いたんだな」と、時代の変化を感じたりもしました。プライバシーという概念も今とは少し違っていたのかもしれません。
また、長電話はなかなかできませんでした。今のように定額制などありませんから、かけた時間に応じて料金がかかります。親から「長電話はするんじゃないよ!」と注意された経験がある方も多いことでしょう。電話の横に砂時計が置かれている家もあったかもしれませんね。
外で見かけた赤い箱、青い箱
家から離れた場所で電話をかけたいときは、公衆電話のお世話になりました。駅前や商店街の角、病院などに設置されていた公衆電話ボックス。あの小さなガラス張りの空間に入ると、外の世界から少し遮断されたような気分になったものです。
公衆電話にも種類がありました。赤い公衆電話は、硬貨を入れるタイプ。10円玉を何枚か用意して、投入口に入れたものです。通話中に硬貨がなくなると、相手に聞こえるように「カン、カン」と警告音が鳴り、慌てて追加の硬貨を入れたりしました。青い公衆電話は10円玉と100円玉が使えたでしょうか。黄色い公衆電話は、さらに高額な通話にも対応していたような気がします。
公衆電話に列ができていることも珍しくありませんでした。「早く終わらないかな」と、前の人の様子を伺いながら待った経験は、多くの方におありだと思います。緊急の連絡をする時や、旅先から家に無事なことを知らせる時など、公衆電話は本当にありがたい存在でした。
遠い場所と繋がる不思議
電話交換手さんのことを忘れるわけにはいきません。特に市外に電話をかけるときは、まず局番なしの「104」に電話して、交換手さんに相手の電話番号と名前を伝え、繋いでもらうという時代もありました。交換手さんの丁寧な声、回線が繋がるまでの待ち時間。文明の利器でありながら、どこか人情味のある繋がりのように感じられたものです。
また、夜遅くに遠距離の相手に電話をかけると、回線が込み合っていてなかなか繋がらなかったり、声が遠く聞こえたりすることもありました。「もしもし、聞こえますか?」「ええ、なんとか」と、大きな声でやり取りしたことも、今となっては懐かしい思い出です。
現代の電話と比べて
スマートフォンの登場で、電話は単に「話す」だけの道具ではなくなりました。いつでもどこでも、世界中の人と瞬時に繋がれる時代です。便利さでは比べ物になりません。
しかし、あの黒電話のずっしりとした感触、ダイヤルを回す音、けたたましいベルの音には、単なる機械ではない、何か温かいものが宿っていたような気がします。電話をかけるという行為自体が、少し特別な、心ときめく出来事だったのかもしれません。
家族が集まる茶の間の片隅に鎮座していた黒電話。あの頃の電話には、情報伝達の手段としてだけでなく、家族や社会との「繋がり」を実感させてくれる、そんな存在感があったように感じます。
写真を見返しながら、皆様の心の中にある、あの頃の電話の思い出にそっと触れてみてはいかがでしょうか。