軒下に揺れる風鈴 昭和の夏を彩る音色
軒下に揺れる風鈴 昭和の夏を彩る音色
夏の盛り、照りつける日差しが少しずつ和らぎ、夕暮れが近づく頃。昭和の家々の軒下や縁側で、そっと風に揺れる小さな飾りを見かけたものです。それは、チリン、チリンと、なんとも涼しげな音色を奏でる風鈴でした。
エアコンがまだ普及していなかったあの頃、風鈴の音は夏の暑さをしのぐための、ささやかな工夫であり、同時に豊かな情緒を与えてくれる存在でした。ガラス製のもの、南部鉄器のもの、それぞれの素材や形によって音色は異なり、家ごとに、あるいは飾る場所によって、響き方が違ったように記憶しています。
風が吹くたびに鳴るその音は、聞こえてくるだけで体感温度が何度か下がったような気がしたものです。静かな夕暮れ時、遠くから聞こえる複数の風鈴の音が重なり合う様は、まるで夏の終わりのアンサンブルのようでした。あの独特の澄んだ音色は、今も耳の奥に残っている方も多いのではないでしょうか。
夕暮れに漂った懐かしい匂い
夏の夕方といえば、もう一つ、記憶に刻まれたものがあります。それは、蚊取り線香の匂いです。渦巻き型の緑色の線香に火をつけると、立ち上る白い煙と共に、あの独特の、少し甘く、どこか懐かしい匂いが漂ってきました。
夕食の準備が始まる頃、あるいは縁側で夕涼みをしようという頃になると、あちらこちらから蚊取り線香の匂いが漂ってきて、それが「夏の一日が終わる合図」のように感じられたものです。蚊取り線香を吊るす豚の形をした陶器の器も、夏の風物詩の一つでした。素朴ながら愛らしいその姿は、今思い出すと、あの頃の暮らしの温かさを象徴しているようにも思えます。
あの匂いを嗅ぐと、夕食の支度をする母の声や、庭先で遊ぶ子供たちの声、縁側で涼む家族の姿など、当時の情景がありありと蘇ってくる気がいたします。
縁側でのひととき
風鈴の音を聞き、蚊取り線香の匂いを嗅ぎながら過ごした縁側での時間は、昭和の夏の忘れられない記憶です。日が沈み、ようやく涼しくなった頃、縁側に腰を下ろして、家族や近所の方とおしゃべりを楽しんだり、ただ静かに庭を眺めたり。
冷たい麦茶を飲んだり、井戸水で冷やしたスイカやかき氷を頬張ったりするのも、縁側での夕涼みの醍醐味でした。子供たちは、縁側を舞台に花火をしたり、虫の音を聞きながら宿題をしたり。縁側は、家の中と外を繋ぐだけでなく、人々の心を繋ぐ場所でもあったように感じます。
現代の夏は、どこへ行っても冷房が効いており、快適に過ごせるようになりました。便利になった反面、風鈴の音で涼を感じたり、蚊取り線香の匂いに夏の終わりを感じたり、縁側でゆったりと夕涼みを楽しんだりする機会は少なくなったように思います。
あの頃の夏の夕暮れには、風鈴の音、蚊取り線香の匂い、そして縁側の温もりがありました。それらは、単なる「暑さ対策」ではなく、五感を通して夏の情緒を深く味わうための、大切な営みだったのかもしれません。皆様の心の中にも、あの頃の夏の音色や匂い、そして温かい情景が、今も鮮やかに残っていることでしょう。