昭和ノスタルジー博物館

マッチを擦る音と紫煙 昭和の喫煙風景

Tags: 昭和, 喫煙, マッチ, タバコ, 灰皿, 生活

昭和の時代の日常を思い返すと、ふと、鼻腔をくすぐるような紫煙の匂いや、「シュッ」という乾いた音が耳によみがえってくることがあります。それは、当たり前のように街のあちこち、暮らしの中に溶け込んでいた喫煙の風景ではないでしょうか。

暮らしの中にあった「煙」の記憶

今では考えられないかもしれませんが、当時の駅のホーム、喫茶店、食堂、職場のデスクの片隅、そして家庭のリビングにまで、紫煙は日常の一部として漂っていました。タバコを吸うという行為は、特別なことではなく、大人のたしなみ、あるいは息抜きの手段として、ごく自然に行われていたのです。

その風景には、いくつかの印象的な小道具が欠かせませんでした。一つは、タバコに火を灯すためのマッチです。箱を擦る時の独特の音、そして炎が燃え移る瞬間の硫黄の匂いは、今でもはっきりと記憶に残っている方もいらっしゃるかもしれません。木軸のマッチが多く、箱のデザインも様々で、お店の屋号が入ったものや、旅館の記念品として持ち帰ったものなど、ちょっとしたコレクションになったりもしました。ライターもありましたが、マッチを使う人も多く、あの小さな箱が醸し出す風情は、昭和ならではのものでした。

あの頃のタバコと灰皿

タバコそのものも、今とは少し違った趣がありました。両切りタバコ、フィルター付き、ソフトパッケージや缶入りなど、様々な種類がありました。「ハイライト」「セブンスター」「ピース」「いこい」といったお馴染みの銘柄が、当時の人々の手にありました。値段も今と比べるとずっとお手頃だったと記憶しています。仕事の休憩時間や、友人との語らいの場で、一服する姿がごく普通に見られました。

そして、喫煙風景に必ずあったのが灰皿です。駅の待合室や改札口には大きな金属製のものが置かれ、喫茶店のテーブルにはガラス製や陶器製の小さな灰皿が用意されていました。家庭でも、応接間に、あるいはちゃぶ台のそばに、お気に入りの灰皿があったのではないでしょうか。吸殻を灰皿に押し付ける時の「キュッ」という音も、当時の風景の一部として耳に残っています。

どこでも見られた光景

通勤電車の車両の中に喫煙席があったこと、飲食店でテーブルごとに灰皿が置かれていたことなど、今の禁煙・分煙が進んだ環境から見ると、隔世の感があります。煙草の煙が当たり前のように流れていた空間は、ある意味で自由で、しかし今思えば少しおおらかな、当時の社会の空気感を映し出していたのかもしれません。

もちろん、煙草が苦手な方もいらっしゃったでしょう。しかし、良くも悪くも、喫煙は社会全体で共有されていた文化の一つでした。マッチの音、紫煙の色、タバコの匂い、そして灰皿の存在は、特別なものではなく、私たちの日常の風景に当たり前に溶け込んでいたのです。

時代と共に喫煙を巡る環境は大きく変化しました。今では見ることのできないあの頃の喫煙風景は、昭和という時代の一断面として、私たちの記憶の中に静かに残り続けています。