街角に響いたあの音 昭和の暮らしの音色
記憶の引き出しを開ける音
私たちの記憶は、写真や映像だけでなく、様々な「音」とも強く結びついています。特に昭和の時代には、今ではすっかり聞かれなくなった、けれども耳にするだけで当時の風景や人々の暮らしぶりが鮮やかに蘇るような、特別な音がありました。高層ビルが立ち並び、車や電車の音が絶え間なく響く現代とは違い、昭和の街には、どこかゆったりとした、人の温もりを感じさせる音色が満ちていたように思います。
街に流れた移動販売の音
昭和の午後、家の窓を開けていると、どこからか独特の旋律が聞こえてくることがありました。それは、石焼き芋屋さんの販売を知らせるメロディーだったり、「たーけざおやーい」と少し掠れた声だったりします。リヤカーを引く音、荷台の軽トラックから流れるスピーカーの音。それらの音を聞くと、子どもたちは小銭を握りしめて飛び出し、大人たちは夕食の支度をしながらその音に耳を傾けました。単なる商売の音ではなく、それは「いつもの音が聞こえてきた、一日が過ぎていく」という、安らぎのようなものを運んでくる音だったのかもしれません。
また、「ちり紙交換」のアナウンスも、多くの人が覚えている音の一つでしょう。「紙くず、ボロ布、交換です」という繰り返しのアナウンスを聞くと、家の中にある古新聞や雑誌、着られなくなった服などをまとめて、通りに出て行った方もいらっしゃるのではないでしょうか。トイレットペーパーやティッシュペーパーと交換してくれる、あの仕組みは、物を大切にする昭和の知恵でした。その独特の呼び声は、資源がまだ貴重だった時代の名残であり、街の風景に溶け込んだ音でした。
暮らしに寄り添った日常の音
家庭の中にも、昭和ならではの音がたくさんありました。例えば、朝早くから聞こえてくるお豆腐屋さんのラッパの音です。「プォープォー」という、あの優しい音を聞いて目が覚めた、という方もいらっしゃるかもしれません。出来立てのお豆腐を買いに行くのは、朝のちょっとした楽しみでもありました。
また、井戸のある家では、井戸ポンプを漕ぐ「ギッタンバッタン」という音も聞こえました。まだ水道が十分に普及していなかった頃や、井戸水を生活に使っていた家庭では、この音が日々の営みの始まりを告げる音でした。冷たい井戸水で顔を洗う、あの独特の感触とともに、ポンプの音が記憶に残っている方もいらっしゃるでしょう。
夏の夕暮れには、ラジオ体操の音楽が聞こえてきました。公園や学校の校庭に集まって、みんなで体を動かす。あの軽快なメロディーは、子どもたちにとっては夏休みの始まりを、大人にとっては健康づくりの習慣を思い出させる音でした。
今は静かになったあの場所
昭和の街から、少しずつあの懐かしい音は消えていきました。移動販売は減り、ちり紙交換のトラックを見かけることも少なくなりました。井戸ポンプの音は水道の蛇口の音に代わり、ラジオ体操は個人的に行うものへと変わっていきました。
けれども、私たちの心の奥には、あの頃の音が確かに響いています。それは、便利さとは引き換えに失われてしまった、人との繋がりや、ゆったりとした時間の流れ、そして五感をフルに使って生きていた時代の証です。
目を閉じて耳を澄ませてみてください。きっと、あなたの心の中にも、あの頃の懐かしい音が響いてくるのではないでしょうか。それは、遠い過去からの呼び声であり、温かい思い出への招待状です。