昭和の駅と列車の音色 揺られて見つめた窓景色
旅立ちと別れを見守った昭和の駅
昭和の時代、駅はただの乗り降りする場所ではありませんでした。それは、旅立ちの予感、再会の喜び、そして別れの寂しさなど、様々な人々の想いが交錯する特別な空間だったように思います。
特に地方の小さな駅などには、木造りの素朴な駅舎が多くありました。天井が高く、待合室には木製の長いベンチが並んでいます。冬場にはダルマストーブが赤々と燃え、その周りに人々が暖をとる姿が見られました。ストーブの上ではやかんが湯気を立てており、少し湿り気のある、懐かしいような匂いが漂っていたことを覚えています。
改札を通る時には、駅員さんが持った改札鋏(かいさつきょう)の「カチッ、カチッ」という小気味よい音が響きました。切符に鋏を入れてもらう時、大人になったような、少し誇らしい気持ちになったものです。発車時刻が近づくと、ホームに響き渡るベルの音。あの独特の音を聞くと、胸が高鳴ると同時に、旅立つ人を見送る側としては寂しさが込み上げてきたものです。
窓の外に流れた物語
列車に乗り込むと、座席は硬いボックスシートが一般的でした。頭上の網棚には荷物が載せられ、窓は開け閉めができるタイプです。動き出す前の静けさから一転、ゆっくりと車輪が回り始めると、ガタンゴトンという規則的な音が響き渡ります。この音は、列車の旅には欠かせないBGMでした。
列車が速度を増すと、窓の外の景色が流れ始めます。田園風景、山々、そして遠ざかる街並み。流れる景色をぼんやりと眺めていると、まるで時間が止まったような感覚に浸ることがありました。窓枠に肘をつき、頬杖をつきながら外を眺めていると、様々な考え事が浮かんでは消え、また新しい風景が目に飛び込んできます。
夏の暑い日には窓を開けると、生暖かい風とともに、土や草の匂いが車内に入ってきました。駅に停車する時には、立ち売りの声や駅弁の匂いがすることもありました。トンネルに入ると、一瞬の暗闇の後、また光が戻ってくる様子は、ちょっとしたドラマのようでした。
汽笛と別れの記憶
長距離列車では、時に車窓から見える遠景に向かって、列車が「ポーッ」と長い汽笛を鳴らすことがありました。あの力強い音は、単なる合図ではなく、まるで列車が生きているかのように感じさせたものです。都会に向かう列車、故郷へ帰る列車。それぞれの汽笛には、旅立つ人々の決意や、帰郷する人々の安堵感が込められていたように聞こえました。
目的地の駅が近づき、速度が落ちていくと、旅の終わりが近いことを感じます。ホームに降り立つと、違う土地の空気や匂いを感じ、旅に来たことを実感しました。故郷の駅に降り立った時には、知った顔が迎えに来てくれていたり、見慣れた景色にホッとしたりしたものです。
駅は、旅の始まりであり、終わりでもありました。見送りの人々がいつまでも手を振っていたホーム。別れを惜しみながらも、また会える日を楽しみにする気持ち。そして、そのすべてを見守ってきた駅舎の静かな佇まい。
今では近代的な駅舎が増え、列車も様変わりしました。しかし、あの頃の木造駅舎の温もり、改札鋏の音、そして窓の外を流れる景色を見つめた時の静かな感動は、今も私たちの心の中に大切な思い出として残っています。ガタンゴトンという列車の音を聞くと、ふと、あの頃の旅の情景が鮮やかに蘇ってくることがあるのです。